おしえるゾウ
赤間小学校校長 白石哲雄(しらいしてつお)さんもこどもだったゾ〜


今回は赤間小学校の白石校長先生を取材しました。取材している間、校長先生はニコニコしていて、昔のことをたくさん思い出しておられるようでした。

しらいし校長のしゃしん 校長先生の子どものころの性格は、明るくて素直で、少しおっちょこちょいだったそうです。そして、「先生や親から用事をたのまれると「はい」と言ってすぐにしていた」、と話してくれました。当時は先生や親にさからう人はほとんどいなかったそうです。そんな校長先生の夢は、小学生のころは総理大臣になること、中学・高校生のころは外交や貿易関係の仕事につくこと、と年をとるにつれてかわっていったそうです。
ちなみに白石校長は東郷小学校、中央中学校、宗像高校を卒業しておられます。
しらいし校長のしゃしん先生になろうと思った理由は何ですか?
校長:大学受験のとき、貿易関係の学校を受けたんですが落ちてしまい、先生をしていた1番上の兄や高校の先生、親のすすめで、学芸大学(今の福岡教育大学)を受験して、入学しました。1年生のときはもう一度貿易関係の学校を受験しようと思っていましたが、ダメと言われてしまいました。でも、2年生のときに教育実習にいき、子どもたちとのふれあいの楽しさを知って、先生になろうと決めました。
しらいし校長のむかしのしゃしん 子どものころはどういう遊びをしていましたか?
校長:なんでもしていましたよ。パッチン(めんこのこと)、ランチン(ダンチン;ビー玉遊びの一種)や川遊び、山鳥をとったり、竹細工(竹とんぼ、竹うま、てっぽう、笛)、ゴムじゅう、木の実でっぽう、コマ回しなどをしていました。宿題はあまり出ていなかったので、夕方くらいまで男の子は、小さい子から大きい子までみんなまざって、思いっきり遊んでいました。遊ぶことにはことかかなかったですね。中学のころまでは腹一杯遊びました。今は、私が子どものころとくらべて、地域で遊ぶ子どもが少なくなったように思います。

スポーツは何をしていましたか?
校長:中学生のころは柔道を、高校は水泳、大学はバレーボールをしていました。大学を卒業してからは、バレーのチームを自分たちで作ってプレーしていましたし、子どもたちにも教えていました。子どもたちへのしどうは、教頭をやっていたころまでしていましたね。 おかげで、自分の子どもたちと遊ぶ時間があまりなかったので、バレーの試合に連れていったりしていました。その影響からか子どもたちは3人ともバレーをするようになりました。

しらいし校長とみかん記者のしゃしん趣味は
校長:休みの日にゴルフをすることや、歴史の本を読むこと。時間のあるときは、家で料理をすることもあります。
しらいし校長とみかん記者のしゃしん 赤間小学校はどうですか?
校長:私が赤間小学校にきたとき「あいさつがよくできて元気のいい子たちだな〜」と思いました。地域の人たちが2ヶ月間くらい校門に立ち、あいさつ運動をしてくれているおかげだと思います。

ありがとうございました。これからもお仕事がんばってください。

取材は、赤間小学校卒業生、みかん記者でした。


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